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ネコの図書館

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05/11/22:18  猫と青年と私の夢



 これは、私とある猫たちの話である。

 私が住んでいるのは小さな古いアパートの一階。大学生なので、あまり贅沢はできず、家賃が安いところを選んだ結果だ。そんな私の部屋の前に、たまに猫が気まぐれに遊びに来る。ペット不可のアパートだから、もちろんその猫を飼っていたわけではない。遊びに来たら、部屋の外で餌をあげていただけだ。餌をあげていたからか、猫は私にとても懐くようになった。

 その猫は三毛猫だった。三毛猫は雄の希少価値が高いというので、恐らく雌なのだろう。しかし、雌にしては気位が高く、少しでも触れるとそこを懸命に舐める。自分が撫でられたいときはそんなことをせずに甘えて来るのに、自分が嫌な時はすぐそんな風な態度をとるから腹が立つ。しかし、そこがまた可愛くて、つい構ってしまうのも事実だ。

 私は実家でも猫を飼っていたことがあり、とても猫が好きだ。あの気まぐれさがまた可愛い。何にも縛られないその姿は、私に羨ましくも思わせるのであった。

「猫になりたい」

 何度思ったことだろう。私はいつも自由を求めていた。野良猫のように生きるのが苦しくなっても、猫のように自由に寝て、自由に起きて、自由に行動できる生活がしたい。こんな縛られた生活にはもうこりごりだった。世間の目を気にして生きるのは大変面倒くさい。私は何も考えずに、のらりくらりと生きたいのだ。猫はそれを叶えているように思えて、私には魅力的に見えた。

 その猫に、私は勝手に名前を付けた。三毛猫だから、「ホームズ」。私は推理小説が好きなので、一番初めにその名前が浮かんだのだ。

「ホームズ」

 私がそう呼ぶと、その猫はプイとそっぽを向いてしまった。名前が気に入らなかったのだろうか。次に、第二候補の名前を呼んでみた。

「ミケ」
「にゃあ」

 猫は返事をすると、私の足にスリスリと寄ってきた。どうやら、「ミケ」という名前が気に入ったようだ。そんな単純な名前で良いものかと思ったが、ミケが良いというのなら良いのだろう。個人的にはホームズの方が良かったが。

 ミケは大体、私が学校から帰る時間に来る。私の足音で分かるのだろうか。そんなミケは私の癒しだった。疲れたとき、落ち込んだとき、そんな時は無性にミケに会いたくなる。必ずミケがいるわけではないので、そういう時にミケに会えないと私は少しがっかりする。もちろん、ミケが私に何かをしてくれるわけではない。ただ、側にいるだけだ。しかし、私にとってミケは自分の心の支えとなっていた。ミケがいるというだけで学校は頑張れたし、一人暮らしの寂しさも和らいだ。私はミケが大好きだった。ミケも、私にお腹を見せていたから、私に心を許していたのだと思う。

 そうして、ミケのいる日々は当たり前になっていった。そんなある日、私はいつものようにアパートへと帰ると、入り口の前にミケがいた。珍しく横になっていて、入り口で寝てしまったのかと、私は自然と笑顔になった。しかし、近くに行くとそれは間違いであったことに気付いた。ミケは血まみれで、もう息をしていないように見える。

「ミケ?」

 私は慌ててミケの呼吸を確認した。しかし、もうミケは息をしていなかった。温もりもすでに冷めていた。私はショックでしばらくそこを動けなかった。どうして、ミケが死んでいるのだろう。入口付近では、点々と血が垂れていて、ミケが通ってきた道が分かった。
 私はミケが死んだ理由が知りたくて、ミケがいつも通ってきた道を辿った。そこは私が知らない道で、ミケは私よりもこの辺の地理をよく知っていたんだと少し笑えた。血の跡を追っていくと、道路にたどり着く。そこが、血痕の始まりだった。

「ああ、車にはねられたんだ」

 私は小さく呟いた。それから、ミケの元へと戻った。ミケは変わらず動いていない。それが現実を表していた。そんな変わり果てたミケの姿を見て、私は泣いた。もう少しで、叫びそうだった。いろいろな感情が私の中で混ざっていく。もう心の支えがないという喪失感。簡単に命が失われる現実への悲壮感。ミケを救えなかったことへの後悔。考えてみると、もしかしたらミケは私に助けを求めていたのかもしれない。もう少し早く帰っていれば、ミケを病院へと連れて行って助けられたかもしれない。ああ、生きているミケに会いたい。こんな冷たくなったミケではなくて、もっと温かいミケに会いたい。ミケの声が聞きたい。しかし、どれだけそう願っても、もう生きたミケは戻ってこないのだ。私を支えてくれていたミケは、もういない。

 私は小さくため息をつくと、覚悟を決めた。ミケを土に還す。もう暗いので、明日、実行することに決めた。私はミケを玄関に入れ、タオルをかけてあげた。ミケの表情は苦痛に歪んでおらず、どちらかというと安らかな顔をしていた。

 ミケを埋めるとき、私は泣かなかった。多分、ミケが死んだことを認めたくなかったのだと思う。今から埋めるのはミケじゃない。ミケはこんなに冷たくない。何度もそう言い聞かせている自分がいた。しかし、埋め終わって玄関の前に立つと、ミケがいない現実を思い知った。ああ、本当にもう会えないんだな。涙があふれて止まらなかった。ミケは私の心に傷をつけて逝った。


 ミケが死んで、しばらくの時が経った。ミケがいないのは変わらないのに、私の心は変わっていた。大好きだった動物が、苦手になったのだ。どうせすぐ死んでしまう。生き物に愛着を持つことが、怖くなった。あれだけ好きだった猫でさえ、触ることも近づくこともできない。ミケは私に命の儚さを教えたのだった。

 そんなある日、私は公園でミケに似た猫に出会った。猫を見ると避けていた私だが、その猫はそんな私に関係なく近づいてきた。その様子はミケを思い出させた。ミケは私が冷たく当たっても、関係なしに甘えてきた。そんな空気が読めないところも大好きだった。目の前の黒猫のように、ミケは自分がしたいようにするのだ。
 しかし、その猫は黒猫で、三毛猫ではない。姿は似てないのに、振る舞いがミケにとても似ている。気位が高いところ、甘え方、声。見た目以外のすべてがミケに似ていた。

「ミケ……?」

 その黒猫は私の方を向くと、首を掲げたように見えた。その人間らしい振る舞いは、やはりミケに似ていた。

「生まれ変わり……なわけないよね。生まれ変わるには早すぎるし」

 私はすぐにミケを重ねてしまう自分を嘲笑した。猫は暗い私にお構いなく、スリスリと足にすり寄ってきた。その行為でさえミケを思い出させる。

「ミケ……」

 私はミケを思い出して、泣いた。猫は驚いたように私を見つめ、ベンチに座る私の膝の上に乗って、顔をなめた。涙を拭いてくれているようだ。

「やめて!」

 私はその猫を振り払った。これ以上、ミケを思い出させないで欲しかった。もう、私はミケのことを忘れたかったのだ。ミケを忘れて、楽になりたかった。しかし、猫は懲りずに私の膝の上に乗ってくる。もう顔は舐めないものの、私を気にしているようであった。猫に視線を向けると、目が合った。見た目は、やはりミケとは違う。この子はミケじゃない。当たり前のことに、目が覚めた気がした。私はミケを無理やり重ねていたのかもしれない。

 その猫は不意に私の膝から降りて、公園から出て道路へと出ようとした。私はミケのことを思い出して、叫んでいた。

「そっちに行っちゃだめ!」

 しかし、私の叫びもむなしく、猫は道路に出てしまった。そして、宙を小さく舞った。そう、自転車にはねられたのだ。私は慌てて猫に駆け寄った。自転車に乗っていた人も、慌てて自転車を止めて、猫に近づいた。猫は怪我をしていて、血が出ていた。私はミケのことを思い出し、パニックになった。

「どうしよう、どうしよう。血が、血が……」

 自転車に乗っていた青年はそんな私の反応に驚いたようだが、私の背中をゆっくりとさすってくれた。

「大丈夫ですよ。これくらいの怪我なら、死にません。ほら、息もしっかりしているし、病院に連れて行けば問題ないですよ。僕、病院に連れていきますね」

 青年は優しい声でそう言い、カゴの中にあったリュックを背負い、タオルをひいてその上に猫を乗せた。私はその青年の顔を見る。

「本当?この子、死なない?」

 青年は優しく笑った。

「生き物って、そう簡単に死なないんですよ」
「それならどうしてミケは死んじゃったの?ミケは、ミケは死んじゃったんだよ!」

 私はミケの死んだ姿を思い出し、目に涙を溜めて訴えた。しかし、青年はまっすぐな瞳で、私に優しい声をかけた。

「命が失われるのが怖いなら、失われる前に救えばいい話です。命は失われるものですが、救えるものでもあるんですよ」

 青年の一言に、私は衝撃を受けた。そうか、命は救えるんだ。

「一緒に、行きますか?」

 私は大きく頷き、青年とともに動物病院へと向かった。

 獣医は、気兼ねなく怪我をした猫を診てくれた。手当もすべてやってくれて、猫の傷は包帯でふさがれていた。血はもう出ていないようだ。

「……これでよしと。ところで、この猫ちゃんの飼い主は誰かな?」

 獣医が全ての処置を終えてそう言うと、青年は私の顔を見た。

「……分からないんです。公園で出会っただけなので」

  私は俯いた。

「そっか。それは困ったな……。君、家で飼えないかな?まだ怪我が完全に治ったわけではないから、この子をこのまま野良にしておくのは、少し危険だと思うんだ」

 獣医は真剣な顔で私に問う。私は、目を合わせられなかった。

「……うち、ペット禁止のアパートなんです」

 獣医は次に青年の顔を見た。

「僕も、そうなんです。すみません」

 青年は申し訳なさそうな顔をしている。

「そうだよね……。実家の方とかはどうかな?」

 私はその言葉にはっとなり、獣医の目を見た。

「実家で昔猫を飼っていたことがあります。もしかしたら飼ってもらえるかも!ちょっと、電話してきます!」

 私はそう一方的に言うと、病院の外へ出てすぐに母へ電話を掛けた。母は喜んで飼いたいと言ってくれた。私は病院の中へと戻り、飼ってもらえる趣旨を伝えた。獣医も青年も嬉しそうな顔で「よかったね」と言ってくれた。

 それからいろいろな準備をして、あの黒猫は実家に引き取られた。名前は「クロ」と名付けられた。私は「ヤマト」とつけたかったのだが、クロが反応してくれないので、反応してくれた「クロ」という名前になった。そんなところはミケにそっくりだ。私が実家に帰る度、クロの怪我は良くなっていた。今ではもう傷口もふさがり、元気に家の中を走り回っている。あまり実家にいないのにもかかわらず、クロは私に甘えて来る。その様子はまだミケを思い出せるが、ミケとクロは違うことを私は実感し始めた。ミケは私が救えなかった命、クロは私が救えた命だから。

 その後、青年は医学部医学科に通う大学生だということを知った。彼は医者になって、多くの命を救いたいそうだ。はにかみながら夢を語る彼は、どこか輝いて見えた。
 その一方で、私も夢を見つけた。それは獣医になることだ。初めて叶えたいと思った夢で、私は今通っている大学を辞めることに決めた。
 私はさっそく両親に、獣医学部のある大学に入りなおしたいと言った。両親はとても驚いた顔をしていた。

「……どうして、獣医になりたいんだ」

 父は静かに私に尋ねた。私ははっきりとそれに答えた。

「命を救いたいから」

 私の答えに、父はさらに疑問をぶつけた。

「獣医は医者ほど扱う命が重くない、なんて思ってないだろうな。獣医も立派に命を扱う仕事だ。責任をしっかりと持つことはできるのか」

 私は父の言葉に、強気に言い返した。

「分かっているよ。痛いくらい、命の重さは知っている。動物だって私達と同じように生きる命だ。私はそれを救いたいんだよ。救うために、獣医になりたいんだ。……お願いします。私に、チャンスをください」

 私は両親に頭を下げた。母は微笑んで、私に顔を上げるように言った。

「そんなに本気なのね。私は応援するわ」

 母は私の夢を認めてくれた。父の顔を恐る恐る見ると、父は呆れたようにため息をついた。

「……そこまで言うならやってみろ。ただし、良い獣医にならなかったら、怒るからな」

 父も認めてくれて、私は小さくガッツポーズをした。これで夢に一歩近づいた。
私は必死で勉強して、獣医学部に入った。大学に入ってからも必死で勉強して、なんとか念願の獣医になった。これで、多くの命を救える。そう思ったとき、私はあの青年を思い出した。彼は夢を叶えたのだろうか。

 連絡を取ってみると、あの青年は私より一足先に医者になっていた。地方の小さな病院で、一人でも多くの人に医療を届けようと頑張っていた。加えて彼は海外での医療活動にも参加しているようで、本当に一人でも多くの命を救っているんだな、と私は改めて彼を尊敬した。私も負けていられない。そう思って、私は命を救うために日々奮闘し始めた。


 そんな今の私があるのは、ミケとクロとあの青年のおかげだ。ミケは私に命の儚さを教えてくれ、クロは命の強さを教えてくれ、あの青年は命を救うことを教えてくれた。これからもそれを忘れずに、私は多くの命を救っていく。



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